![]() 多田武彦「雨・雪明りの路」 |
畑中良輔指揮慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団と福永陽一郎指揮関西学院グリークラブによって演奏される男声合唱組曲『雪明りの路』を聞き比べ出来ることは嬉しい限りです。
大学の男声合唱団がメンバーの減少により往年の輝きを見ることが出来なくなった現在、このような過去の名演奏をたどることは日本の男声合唱の歩みをたどることと同意義を見出すことになりそうです。 御存知のように東の代表慶應ワグネルと西の代表関学グリーの競演です。ステージを数多く聴いてきたファンにとってこれらの演奏は、30年以上前の収録ではありますが、往年の素晴らしい演奏を追確認できます。厳密に聴きますと、微妙な和音の狂いも見うけられますが、当時の学生諸君の思いが如実に伝わってきます。 「春を待つ」の温かい響き、「月夜を歩く」の密集和音のハモリ、「雪夜」の終盤の美しさ、名曲揃いですね。 「雨」は、吉村信良指揮京都産業大学グリークラブと北村協一指揮立教大学グリークラブによる演奏の競演です。この終曲「雨」は多田武彦による数多の作品の中でも一番美しい趣を携えた曲でしょう。八木重吉の簡潔な詩にとても美しいメロディとハーモニーを充てています。男声合唱の真髄とも言えるハモリを体感できる曲なのは間違いありません。尾形光雄さんのテノールソロは感涙ものでした。 |
![]() 廃市 デラックス版 [DVD] |
かれこれ20年前、大林宣彦監督の作品を一気に上映するという試写会で
はじめてこの作品を見た。地味といえば本当に地味な作品ではある。しかし こんな作品が強烈な印象を与えた理由は、小林聡美の圧倒的な存在感と、舞 台となっているこの柳川というまるでベネチアのような水上都市の情景、そ して原作者福永武彦氏の小説の原文をそのままナレーションにして描かれた 文学作品仕立ての作風であろうか。 その後、もう一度見たいと思い続けながら機会がなかったが、こうやって DVDで復刻され再会することができた。初めて見た20年前、自分がなぜ この作品に心を奪われたのかを思い出しながら見させてもらった。 |
![]() 廃市 デラックス版 [DVD] |
大林映画の臭みが今一鼻につく気がする小生だが この作品は素直な佳作だと思い 一番愛している。なにより柳川が綺麗であり 小生もこの映画を見て同地に行ったほどである。大林映画の小細工的なテクニックがなく ごく普通に撮っている点が実に好ましい。特筆は やはり主演の小林聡美。全然美人ではないが 実にはまり役で本当に良い。最近のコメディエンヌの彼女も好きだがかつては このようなしっとりした役もやっていたのだなあと感銘を受ける。 |
![]() 現代語訳 古事記 (河出文庫) |
こじきと、にほんしょきを、これが、たからです。
しんじつは、ときがかわると、まったく、べつの、みかたがされます。 いのりと、しんじんが、いちばん、たいせつです。 |
![]() 草の花 (新潮文庫) |
自分にとってあまりにも大切なものであるために、
簡単には語れない、そんな一冊ってあると思います。 この『草の花』は、私にとってそのような一冊です。 藤木とその妹である千枝子への愛が失敗に終わったのはなぜか。 病床にあって主人公である汐見は、過去を回想することで、 その理由を探ります。手記を書き終えた彼は、無謀とも思える 手術を断行し死亡する。これは自己処罰でしょうか? 汐見の視点に立って読めば、愛しているのに愛されないことに 苦しむ、青年の姿に読者は同情することでしょう。 しかし、一方的に熱烈な思いを寄せられる側の藤木はどうでしょうか。 汐見の熱い視線に、息苦しい思いを感じて当然ではないでしょうか。 一度恋愛に失敗して臆病になった汐見は、千枝子を身勝手な思いで愛します。 わざと会わないことで愛の深さを確かめる、などと汐見が語る場面がありますが、 そんなことを知らない千枝子は、自分を疎ましく思っているから 会いに来てくれないのではないか、と思って当然です。 エゴイスティックな愛に生きた汐見。そんな彼の姿を、 私たちが、不快にも、あるいは痛ましくも感じるのは、 彼のうちに、青春の日の自分を認めるからでしょう。 一言付言すれば、著者の愛に対する考えは、 汐見の哲学にではなく、作中人物の春日によって吐露されています。 このことは、『愛の試み』で春日の述べていることと まったく同じ議論が展開されていることからも明らかでしょう。 春日は汐見を次のように諭しています。 「靭く人を愛することは自分の孤独を賭けることだ。 たとえ傷つく懼があっても、それが本当の生きかたじゃないだろうか」。 『草の花』は、福永文学研究者のある人々が言うように、 「愛の不可能性」を描いた作品などではないのです。 そしてもう一つ、蛇足ながらこの作品には「慰霊歌」 「かにかくに」といった原型があり、 白地社発行の『未刊行著作集19』に収められています。 興味のある方は、一読なさってみてはいかがでしょうか。 とまれ、私たちは、この本を通して、 失われた青春を再び生きなおすことができるのです。 |